月刊青島発行一周年・御愛読感謝!

 

尊敬する青島日本人会の皆様、

青島日本人会の皆様に、日本人会の活動の様子や、日本人会の皆様のご活躍の様子、その他様々なお役立ち情報をソフトな形で発信すること目指して創刊されました「月刊青島(俗称「ゲッチン」)」は、本号をもちまして、創刊一周年を迎えることができました。これも皆様のご愛顧、御協力、叱咤激励の賜物と、ここに深く感謝を申し上げます。

御挨拶が遅くなりましたが、藤江前編集長が惜しまれつつ青島から旅立っていかれたことに伴い、不肖、私、生活文化会 下地(領事館所属)が二代目編集長を引き受けさせていただくことになりました。よろしく御指導と御鞭撻のほどをお願いいたします。

私ごとで恐縮ですが、思い起こせば、昨年の6月、青島総領事館勤務の内示を受けた私(実際の赴任は10月ですが)は、早速、青島についての情報収集に走りました。ところが、青島に対する情報はあまり多くありませんでした。地球の歩き方の関連ページですらわずか数ページという有様、当時は総領事館のホームページも立ち上がっていません。サーチエンジンに手当たり次第に「青島 日本 生活」と打ち込んではネットを検索する毎日....。その中で出会ったのが青島日本人会のホームページであり、「月刊青島」でした。まるで「週刊●代」か「週刊ポス●」と見紛うばかりのレイアウトにまず度肝を抜かれました。

創刊号の大谷名誉会長、飛坂会長、北条所長の対談を読ませていただいて、青島日本人会の指導部の暖かそうな雰囲気を知り、09年7月号の、我が老板、総領事と阿川総経理の「ガチンコ対談」では、自分の赴任直後にジャパンディ+総領事館開館式典という「大仕事」が待っていることをこの「月刊青島」を通 じて初めて知りました。その後も、様々な対談や企画で日本人会のいろいろな方の登場を楽しみにしておりました。

ともかく、月刊青島は無事1歳の誕生日を迎えました。いろいろな日本語クオリティーペーパーが発行されている中で、どうやって月刊青島としての個性を出し、日本人会の皆様のニーズにあったものとしていくか、2年目、3年目に向け、これからがいよいよ正念場、といったところです。そのためには日本人会の皆様の参加、協力が是非とも必要です。今後とも編集部でない知恵を絞って様々な企画を立て、皆様に取材や原稿、あるいは連載モノの執筆などをお願いしてまいりたく存じますので、是非とも嫌がらず、積極的に御協力をお願いします。また、「俺を出せ!」、「私も出たい!」という方、「良い企画がある」という方、「こんなことをやってほしい」という方、編集部にとっては、まさに天の助けです。企画や原稿の持ち込み、御要望やお叱り、さらには編集への参加、何でも大歓迎いたします。是非とも御一報下さい!

「月刊青島」、この一年間の成果と反省をもとに、ますます皆様のお役に立つ情報を発信してまいりたいと思います。日本人会の皆様、帰国された皆様、あるいはこれから赴任される皆様、ひとりでも多くの皆様に「ゲッチン楽しく読んでます」、と言っていただけるよう、精進してまいりたいと存じますので、引き続き皆様のご愛顧と御協力を賜りますようお願い申し上げます。

 

月刊青島 二代目編集長 下地富雄

 

目次

■NEWS
■特集:〜地元旅行社がオススメする中国国内旅行〜
■特集:〜チンタオ・1990-2010の軌跡〜
■日本人会だより地域版
■チンタオ友の輪
■同好会Q&A
■県人会だより
■青島・老房子と日本人
■浮山情的書評
■青島情報あれこれ
■チンタオ写真館

■連載エッセー 〜Long Walk〜
■編集後記

 

 

 

 


 

去る6月6日、日本人学校運動会が開催されました。当日は真っ青な空、気温22度という絶好の運動会日和。今年はこれまで3年連続勝利していた白組に打ち勝って、紅組が悲願の勝利を手にしました。今年度の特徴として、小学部高学年の生徒が増えたことによるおかげか、ソーラン節の中での組体操や騎馬戦など、初めての種目も目立ちました。1年生から中学生までの全校リレーでは、運動場を駆け抜ける生徒たちの姿にお父さん、お母さんはじめ大きな声援を送っていました。賑やかな運動会の様子に附近のマンション住民が見物する姿も見かけられました。

 

 

 

在外選挙のご案内

平成22年参議院議員通常選挙は、次のとおり実施される予定です。
1.選挙日程(未定)【公示日】国内投票日の17日前(今夏予定)【在外選挙の開始日】公示日の翌日 【在外公館投票の期間】公示日の翌日から10日間(土・日2回含む)
2.投票方法:在外選挙人名簿に登録され、在外選挙人証をお持ちの方は、下記の(1)〜(3)のうちいずれかの方法で投票を行うことができます。従来の比例代表選出議員選挙に加えて選挙区選出議員選挙にも投票することができます。

(1) 在外公館投票 【投票場所】在青島日本国総領事館(青島市香港中路59号 青島国際金融中心45階)【投票期間・時間】(予定)選挙日程が確定次第、当館HPやメルマガ等を通 じてお知らせいたします。午前9時30分から午後5時まで 【持参書類】「在外選挙人証」及び「パスポート(旅券)」
(2) 郵便等投票:登録先の選挙管理委員会に対して、投票用紙等の交付請求を行い、入手後に同用紙に記載の上、再び登録先の選挙管理委員会へ郵送する方法です。(詳しい投票方法については、登録先の市区町村選挙管理委員会にお問い合わせください。)
(3)
日本国内における投票:一時帰国等により、国内で投票される場合は、在外選挙人証を提示して、国内の一般 選挙人の方と同様に国内の投票方法を利用して投票できます.(詳しい投票方法については、登録先の市区町村選挙管理委員会にお問い合わせください。)

その他ご不明な点がありましたら、青島総領事館(TEL 0532-8090-0001)までお問い合わせ下さい。
在青島日本国総領事館ホームページ http://www.qingdao.cn.emb-japan.go.jp/jp/index.html

 

 

 

 

第9回山口銀行杯日本語弁論大会「社会人の部」参加者募集 1992年に初回開催された山口銀行杯日本語弁論大会は今年で第9回目を迎えます。青島で、日本を使い仕事をされている方が参加する「社会人の部」の参加者を募集しています。日本語能力を再確認する会、あるいは更にレベルアップする機会として、奮ってご参加ください。

【参加資格】
(1)1950年1月1日以降に生まれた中国籍を有する個人。
(2)現在青島に1年以上居住し就業している中国籍を有する個人。
(3)中国国籍を有する個人のうち、次の条件に該当するものは参加資格を有しない。
(中国籍の日本人、日本から帰国した華僑、かつて就業・留学等により日本で生活した経験があり、その通 算滞在期間が2年を超える者)

【日程】
(1)6月26日(土)予選 
(2)10月16日(土)予選通過者による決勝大会を実施。

【申込み】
青島国際交流中心・担当:董先生、安女士(電話8388-0032 FAX8389-5534)
E-mail:hezuowxm@hotmail.comhezuowxm@hotmail.com

【質問・問合せ】
山口銀行青島支店(電話8576-6222)

 

 

 

 

6月21日(月)、通常の青島婦人会定例会に加え、「ワンデーカラーレッスン〜2010年女子力UPUPの流行トレンドセミナー〜」を開催します。講師は上海で活躍するカラースペシャリストの高田裕子先生(フィルカラースクール代表)をお迎えして、石焼ピッツァが大人気の「CLOVER」にて、レディーススペシャルランチ付き講習会を行います。セミナーでは、似合う色とスタリングの仕方や、流行色とトレンド情報などなど、より美しく輝ける女性になれる秘訣が満載!!夏目前のこの機会に、もっとおしゃれを楽しめるポイントを学んでみませんか。

【日時】
6月21日(月)AM10:30〜12:00、以降ランチをしながらの通常の定例会予定 

【場所】
Clover Pizzeria e Ristorante
ジャン州路と江西路の交差点(ジャン州路31号 TEL:82885690)

【会費】
90元/人

【参加申し込み】
6月7日(月)までに、日本人会又は婦人会役員までご連絡下さい。

 

 

 

 

 

5月25日、総理大臣賞受賞画家・白水貫魚氏による阿修羅像画寄贈と生徒達への講演会が日本人学校にて行われました。白水氏は、戦前チンタオにて生まれ、小学校1年生までの幼少期をチンタオで過ごしたことから、「生まれ故郷のチンタオの日本人学校に絵をプレゼントしたい。」と今回来青。講演では、実際に絵を見せながら仏画について、写 実画と写意画の違いなどについて話し、生徒達は熱心に聞き入っていました。

 

 

 

 

日時 活動
6月4日(金) 繊維部会
6月5日(土) 日本人学校運動会(日本人学校)
6月 10日(木) 日本人学校 理事会
6月 11日(金) 16時より日本人会理事会(クラウンプラザ)
6月18日(金) 商工会セミナー
7月10日(土) 日本人会第88回ゴルフ会

 

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編集部:これまで手配した旅行の中で『日本人の好きな中国国内旅行人気ベスト3』と、皆さんの取扱い業務の特徴を教えて下さい。

華青旅行社・李さん(以下、李さん)

1位北京、2位西安、3位桂林ですね。取扱い業務の特徴としては、これまでは日本や韓国を中心としたインバウンドの(海外から中国へ)お客様がほとんどでしたけれど、最近はアウトバウンド(中国から海外へ)のお客様も増えてきました。

海天旅行社・王さん(以下、王さん):

うちは省内旅行を扱うことも多いので、1位 泰山・曲阜、2位北京、3位雲南ですね。今年の労働節は特にお客さんが多かったです。私たちの業務内容は(1)日本からのお客様の中国国内旅行、(2)日本人向けの市内観光バス運営、(3)青島駐在の日本人の方々への旅行サービス、(4)日系企業や中国企業の日本への研修旅行手配やビザ代行、の4つの部門があります。特に今月からこの観光バスに「フレンド・バス」という名前をつけてスタートしました。東京のハトバス、香港のパンダバスのように青島ではフレンド・バスが多くの方々に好かれるように頑張りたいと思っています。

CITS・シさん(以下、トウさん):

やっぱり1位北京、2位 上海、3位桂林、ですかね。CITSは中国でも最も古い国営旅行会社の草分け的存在なので、日本や海外の大手旅行代理店と提携した業務が多いです。

李さん:青島に住む日本人のお客様に人気なのは、九塞溝や張家界ですね。

王さん:そうそう。でも成都や九寨溝は人気だけど、チケット確保が難しいですね。特に、割引チケットは難しいですね。臨時決定だったら、ノーマルでも確保はなかなか難しいです。

トウさん:北京や上海と比べて青島の旅行代理店は大きくないからね。現地への飛行機の数も少ないから、シーズン時のチケットは前々から押さえられてしまってるんだよね。

編集部:じゃあ、あまり日本人は行かないけれど、穴場な旅行先はどこですか?

李さん:日帰りならイ坊(イ=さんずいに維)がオススメ。イ坊は山東省のゲートですから、附近に遺跡も民族的な観光地も多いです。春秋戦国時代の史跡を訪ねるなら、斉の国の都があった臨緇(臨ズ)。当時の文物を収蔵した博物館や城壁の遺跡、王の墓の一部が見学できます。それに臨ズは中国古代の蹴鞠の発祥地であるため、世界足球(サッカー)発祥の地としてFIFAからも2004年認定、世界足球博物館もあります。他に日本人の方はあまり行かないけれど日照。日照にある定林寺には世界一巨大な樹齢4000年のイチョウの木があって、大人10人が手をつないでやっと一周できる。一見の価値があると思います。山東省外なら、山東省の南隣りの徐州がお勧めです。ここは漢の時代の中国の政治舞台の中心の一つであり、遺跡がたくさん残されています。主な見所は漢の時代の諸侯王の巨大なお墓です。現在発掘されたお墓は楚王山漢墓と兵馬俑、亀山漢墓です。山全体がお墓に彫られ、漢墓の長さだけで700メートル、ここで発見された王様が死後着ていた金ろ(糸に_)玉 衣が希世珍品です。青島より車で行けるし、動車組で(新幹線)いけます。一番よい方法が山東省内を観光する時に、曲阜から或いは臨沂から車で2時間ぐらいで行ったほうがいいです

トウさん:交通が不便でバスで移動するしかないから、日本人のお客さんにはあまりオススメしていないけれど、臨沂(臨イ)の鍾乳洞はいい。私自身も行きましたが、感動しました。省外なら、河南省の安丘。地元では”中国のグランドキャニオン”と呼んでいる、最近開発されたばかりの観光地です。交通 はすごい不便だけど、最近中国人のお客様には人気。アクセスはバスで行くか、鄭州まで飛行機か電車で行ってからバスに乗り換えます。それから吉林省の長白山もぜひオススメしたいです。山や湖の風景が綺麗で、特に冬の雪景色は素晴らしいです。本物の朝鮮人参を買ったり、温泉を楽しむこともできます。北京から長白山まで直行便が飛んでいますし、青島からであれば長春又は延吉まで飛行機で、そこから車で行きます。

王さん:私は省内なら青州。約1400年前、隋の時代に盛えた街で、“古代9州の一つ”と呼ばれています。青州博物館に収蔵されている骨董品の価値は山東省一といわれていて、96年に“10大考古発見”の一つである『オリエントビーナス(東洋のビーナス)』の仏像が発見されたことでも有名です。その仏像は2000年に東京で展示されました。それから青州は桃の特産地としても有名。冬に実る桃です。省外であれば、河南省の雲台山がおすすめ。皆さん、あまり行ったことがなくて、日本人のお客様は皆無です。雲台山の見どころは 紅石峡、子房湖、潭瀑峡などの自然景観です。雲台山のツアーを5月に広告を出したばかりです。

編集部:5月からいよいよ上海万博が開催しましたけど、上海万博についてはどうですか?青島発のツアーはやっていますか?

トウさん:やってるはやってるんですけど、正直、旅行社としては組みにくいですよね。アシ、宿、入場券の手配はやってますが、各パビリオンには並んでもらうしかない。会場の中に入ってから何しろ時間がかかるんです。中国館を見るのには3時間半並ぶと聞いています。他にパビリオンは日本館、オーストラリア館、カナダ館、スウェーデン館が人気です。人気の理由は、見せるだけじゃなくておみやげも売ってるところ。中国人はそのおみやげが気に入ってるようです。でもとにかく入場者が多いので、1日に良くて2つくらいしかパビリオンが見られない。それでお客さんは怒っちゃうんです。時間があれば学生向けにやっている3泊4日のツアーがあります。それならある程度満足できるくらいに見られると思います。余談ですが、万博では各パビリオンで入場記念スタンプが押してもらえますが、全パビリオンの7割ほどの入場スタンプが押された”万博パスポート”がインターネットで6000元で売られている、と聞きましたよ。

王さん:うちの会社では、万博の入場券も販売しています。中国の方と一緒でいいなら、ツアーとして毎日、バスで入り口まで行っています。日本人専用のバスもありますが、送迎付きで高いですね。

李さん:ツアーとして、特に日本のお客様向けには作っていませんね。でも皆さんにお伝えしたいのは、週末休日はぜひ、避けてください。あまりマスコミには出ていませんが万博での混雑ぶりは想像以上です。管理不十分のためのトラブルも多い。本当に、混雑によるトラブルを避けて気をつけていっていらして下さい。

トウさん:まあ、でも上海万博は、初めて中国でやっているのだから、一人の中国人として行ってみたい!見てみてもらいたい!という気持ちもあります。だから土日は避けて平日に行かれることをお勧めします。そうそう、とっておきの裏ワザをお教えします。気軽に行ける駐在員の方には上海万博夜間コースがいいですよ。夜8時から10時又は夜中12時まで入れるナイトパスがあります。旅行社が組んでいるツアーに参加する日本からのお客様は、万博にはほとんど昼間行きます。そして夜は買い物や雑技団鑑賞がお決まりのコース。夜間コースは地元民や近郊居住者しか行かない。それに夜行くと、各パビリオンがライトアップしてるので満喫できますよ。

李さん:私は上海より山東省が絶対おすすめ! 山東省一周(青島→維坊→青州→臨緇 →周村 →済南 →泰安→、曲阜→、臨沂→青島)とかどうですか?少し前ですが、2009年の山東省で最も観光客の多かった訪問地第一位 は「チンタオの海岸地域」でした。でも第二位になった蒙山は穴場でおすすめです。

 

蒙山は蒙陰蒙山、平邑蒙山、費県蒙山の3つの山で成り立っています。見どころは平邑蒙山です。他にトウさんも言われた臨沂(臨イ)・沂水(イ水)県にある鍾乳洞。そこは長さ6キロの地下大峡谷、「地下画廊」と呼ばれる鍾乳洞があって、洞窟の中で川下りができます。それから同市平邑県にある天宇自然博物館は、化石、宝石、鉱石の所蔵としては中国一、世界でも屈指です。博物館の規模も東京の自然博物館よりも5倍も大きい!

王さん・トウさん:李さん、臨沂(臨イ)出身だから、地元・蒙山の話も力が入るね!

編集部:では李さんのお国自慢が出たところで、残りお二人のお国自慢も聞きましょう。

王さん:私の出身は山東省西部の聊城という町です。昔、鉄道が全然通 っていなかったので、18歳に済南にある山東師範大学に入るまで列車を見たことがありませんでした。(現在は北京−香港間の京九線開通 )それに内陸の平野な町ですので、18歳の時済南に来るまで山を見たことがありませんでしたし、22歳に青島に来るまで海も見たことがありませんでした。聊城は国の歴史文化名城で、水滸伝の舞台の一部にもなっています。揚子江以北部では最大、といわれている人口の湖「東昌湖」があります。この湖は「北方の西湖」という美名があります。また、国の指定文化財になっている「山陜会館」は明の時代に山西省と陜西省の商人が作った商人の集会所であり、関羽を祭った場所でした。北京頤和園の「徳和園」に匹敵するほどで、故宮の「漱芳斎」よりも技術が細かく、古代建築の至宝です。同じく国の指定文化財・光岳楼は聊城のシンボル的な存在で、中国三大名楼(岳陽楼、黄鶴楼、光岳楼)の一つとして有名です。中国でも有名な大規模な温泉もあるんですよ。聊城は済南から高速に乗り、車で1時間20分ほどかかります。

トウさん:僕の出身は、青島。青島で一番おすすめしたいのは、交通 も便利なのに、どうして日本人はあんまり行かないの?という眤山(ラオ山)の「北九水」。その名の通 り、9つの水のスポットがありますが、三水から九水まで、登りやすい登山コースがあります。それに登山が好きな人は、九水をゴールにしないで、もっと上に登ることもできます。往復6時間くらいかかるかな。昔ながらの民家もあるし、空気はいいし、週末早く起きて行くのがオススメ。5月〜11月がベストシーズンですね。

李さん:あそこは雨の後が素晴らしいよね。

トウさん:ラオ山のミネラルウォーター、本物はあそこからですよ。

編集部:青島観光といえばラオ山が挙げられますけど、ラオ山のおすすめ攻略法はありますか?

王さん:ラオ山は、今お話にあった北九水コースの他、南コースが観光客が最もよく行くコースです。今、私たちがオススメしているのはヨットで行く方法。市内のオリンピックヨットセンターから出発して、ラオ山頭を遊覧して太清宮で一時下船、ロープウェイで風景を満喫してからまた戻ってきます。船は80人乗りヨットが一般 的ですが、10人乗りの高級ヨットもあります。片道300元、往復だと500元です。これまでラオ山に行ったことがある方にもまた新たなラオ山の楽しみ方として是非体験していただきたいですね。

トウさん:それからもう一つ、仰口のある北コースは夏は海水浴やバーベキューなど、観光は無いけど家族でゆっくり過ごしたい方にはオススメです。

編集部:独りだとなかなか行けない秘境の旅についてはどうでしょう?

王さん:新疆は夏休みにツアーを計画しています。チベットは、端午節にツアーがあります。夏休みにも一本出すつもりです。チベットは許可証が無いと勝手に個人で行くことはできないので、注意が必要です。それから秘境では、高地地方も多いため、高山病予防も大切です。高山病は特に効く薬などは無いので、ゆっくり歩く、お酒は飲まない、ホテルの酸素缶 を利用する、ことが大切です。

トウさん::それから『地球の歩き方』などにも載っていますが、現地の人と行動することが大事。地元のガイドや知り合いと共に行動するようにした方がいいですよ。

李さん:それに中国は日本と社会制度や国情も違う。秘境に限らず気をつけないといけないことはたくさんあります。いくら食べ物がおいしくても、人が親切でも、国が違うことを忘れてはいけません。

王さん:特に駐在の方は慣れているがゆえに、気をつけないと。。。

トウさん:それは中国人の私たちが国内旅行をしても同じです。

王さん:そうね。それに中国人とケンカしないように。東北部や内陸部は対日感情が青島とは違いますから。

李さん:あまり外国人を知らないからね、内陸の人たちは。自分たちが受けた教育だけのイメージを持っている人が多いです。

トウさん:まず最初に北京、上海はじめメジャーなところに行ってから、秘境などには挑戦された方がいいかもしれませんね。

編集部:なるほど。やはりプロの皆さんならではお話でした。今日はどうもありがとうございました。

*上海万博や中国国内安全情報については在中国日本国大使館・総領事館ホームページもご参照下さい。

 

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青島日本人会創立20周年企画〜チンタオ・1990-2010の軌跡(あしあと)〜

第3回

「1998年は青島における日本人生活の節目の年」


曲淵 俊朗さん(青島耐絲克医材有限公司 初代総経理)

 

 

 

 青島日本人会設立20周年おめでとうございます。私は1996年8月11日に家内とともに流亭空港に着きました。下から突き上げるような熱気、一歩外にでると砂煙が舞っており、それまで何回も出張できていた私と異なり、家内は正直えらいところに連れてこられたと思ったそうです。帰国は1999年3月末でしたから約2年8ヶ月の駐在でした。我が社の業種は医療関係であり、製造品は「手術用縫合糸」の中間品でシルク編組糸でした。

  今から振り返ると98年前後は青島における日本人の生活も一つの節目であったのかなあと思います。当時日本人のご婦人がホテルの厨房に行ってパンや肉類、魚類を分けてもらうと聞いたこともあります。私は戦後父が昭和30年まで引き揚げさせてもらえず、大連から雲南省昆明まで移動したこともあり中国で高級中学を出、大学に半年在学して引き揚げましたので、最後の一年は中国人学生と寝食を共にしていました。そんな訳で、我が家では近くの自由市場で買い物をし、材料はよく洗って火を通 せば我々が食べても問題ないと言っていました。ニラは1元出せば大きな束があり、これを食べられるようによく洗うと3分の1位 捨てることになります。小エビも始め真っ黒い汁がでるので、きれいになるまで洗います。お米は初めの頃私が出勤すると家内はお盆の上で小石の選別 をするのが日課になりました。魚には噛みつかれることもありましたし、中国人がプレゼントにくれる鶏は足も頭も付いていますので家内は全部捌かなければなりませんでした。流通 と保存の点から果物でも野菜でも旬のもの中心の料理になります。

<青島での食生活>
食生活も『金妹米』というお米が出て、婦人達の「選米」の労働が減少していた頃、絶対量 はまだ少なかったので何処の店頭に出たというと奥さん仲間の連絡網で情報が流れ、買いに走ったものです。そうこうする内、98年1月18日に「JUSCO= ジャスコ」が開店することになりました。前日の17日は朝から大雪で会社の従業員も早退させるぐらいでしたが、ジャスコが午後日本人婦人会を招待し見学させるということがありました。氷の上を転ばぬ よう三々五々ジャスコに行き見学し、喜んで帰ってきました。感想として殆ど日本のスーパーと変わらない、品揃えも豊富で喜んでいましたが、食品は冷凍食品は多いがやはり生鮮食品は少ない、また家内はあれでは多分万引きが多発するだろう、日本的感覚ではちょっとね〜〜と話していました。しかし明日の開店には10万人(何を根拠か分かりませんが)押し掛ける見込みとジャスコの人が言っていたとか。。。。上海のヤオハンはドアが壊れたようですし、万引きも相当の被害だったらしいです。会社の運転手に言わせると、ジャスコでは我々はスーパーの安いものを探し、助理は化粧品を買うと言っていました。「ちんたらちんたお」という冊子も当時の婦人会の努力で発行され大いに活用しました。

<青島日本人会&城陽の日本人会>
97年1月18日日本人会の新年会がありました。この数日前に大原化学の奥出さんが開発区の工場に1人で住んでいると日本語で喋ることもなく寂しいものだから、進出企業で集まって話す場を作れないかと提案があり、新年会の前に集まりましょうと言うことになりました。大原化学、泰東製薬、カルビー、ベンダー、AMP、デンコー社、ネスコ(月星、クラウディアは欠席)の9社がスタートメンバーでした。会長は曲渕が引き受けることになりました。建設にかかる問題、従業員の転退職にかかる問題、通 勤方法に関する問題、日本研修の問題、目前の昇給や賞与の問題等があげられ今後定期的に情報交換の場を持つこと、開発区の管理委員会にも皆で協力して対応しようと言うことになりました。その後王子包装、山九の2社が進出され、隣接地域に立地されていた大山、大水の2社が参加されました。98年5月から黄島開発区と環海開発区の日本人会の会長が青島市の日本人会の役員会に参加してほしいという話があり、全体の話を伺う機会が増えました。

98年9月11日に谷野作太郎駐中国大使が青島視察に来られ、青島日本人会の役員の人達と懇談したい旨連絡がありましたので信号山の迎賓館に行きました。ここは中国の偉い人達(蒋経国、毛沢東、林彪、トウ小平・・)が泊まったところでメンテナンスもきちんとされていました。定刻から1時間ほど遅れ大使一行がパトカーの先導で到着、館内見学の後食事になり、宮本公使や飯島一等書記官、山東担当になった西海二等書記官も同席されました。日本人会からは当時問題になっていた増値税、法律の改正、安全マニュアルの件等を陳情しました。大使夫人は和服姿でしたし、隣の部屋では警備の公安職員がこれまた食事をしていて国家レベルの交際というのも大変なことだな〜〜と感じた次第です。この前年97年4月29日に国交回復25周年記念交流行事で大使館の幹部の方に二等書記官が同行されて青島に来られ、青島第一小学校の二年生に日本の折り紙を教えるという行事があり、日本人の婦人数名に協力を求められ家内も参加しました。家内の話では若い二等書記官が話す中国語は、内容は分からないが非常にきれいで抑揚の美しいものだったと言っていました。このときも美味しい昼食を参加者一同ご馳走になったようです。

<日本人子弟の教育>
当時は駐在員家庭のお子さん達はアメリカンスクール(幼稚園から中学校まで30名ぐらい?)に通 っておられました。飛田夫人を中心にこの頃から日本人学校をという活動が進められていたように思います。銀都では飛田さん(3人)や秋保さん(2人)久保山さん(1人)のお子さん達がおられました。秋保さんのお子さんは拙宅によく遊びに見えていたので下の健太郎君が通 学始めて話すには、韓国人が多く学校では韓国語がよく使われる、中国なので中国語もよく使う、アメリカンスクールなので英語も出てくる、そして家に帰れば日本語と言う状態のようでした。マルチリンガル人間でしょう。1週間学校に行った後、学校に行ったら「グットモーニング」と言うのかと聞きましたら「おっちゃん、発音悪いなあ。“グッモー“と言うんだよ。」と教えられました。また学校の学芸会(’98/5)が海天大酒店であり見学に行きましたら小さな子供までが英語で劇をして居たので感心したものでした。でも費用はかなりのものだったらしく派遣企業の支援体制がどうだったのか定かではありませんでした。このことから見ると現民主党政権の「子供手当」「授業料無償化」などの制度欠陥は明らかで、まず海外を含めた日本国民の子弟の援助こそ行われるべきです。26,000円というのは中国では1,900元にあたり地方沿岸都市の大卒初任給ぐらいで相当の暮らしができるのです。日本の生活レベルから言うと大卒初任給約20万円に相当することになります。生活レベルを無視してはならないと思うのです。

青島には多くの人々の協力で今の日本人学校が2004年に開校できたのでしょう。あれやこれやの青島生活も遠い彼方にならないように時には青島に行き、記憶を更新しなければと思っています。

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7区5市(市南区、市北区、四方区、黄島区、眤山区、城陽区、李ツァン区、膠州市、即墨市、平度市、膠南市、莱西市)で成り立っている「青島」。

青島市市内各地の日本人会のご様子をお伝えします。

<黄島区>
( 青島日本人会の皆様、こんにちは。黄島区(黄島、開発区、保税区、膠南の会長を勤めさせて頂いていております、青島寿技研商貿有限公司・折居忠寿です。下手な作文ですが第一報で寄稿させて頂きました。正確には掌握出来ていませんが70社近い日本企業様がこの地域で仕事をされています。在留の日本人は約150名から200人近くだと思います。

私がこちらに来ましたのは1993年で94年からは常駐しております。当時は高速道路もなく青島市内へはフェリ−を利用してひなびた田舎村から都会の味を求めて毎週、市内を訪れて数少ない日本食店や中山路商店街をウロウロとしました。こちらの日本人も少なく今では青島三美電機様の黒井総経理、大阪源の田中董事長と数人が知り合いで、今は多くの方が来られJUSCO様も進出されて当時から思えば申し分ない生活環境と仲間が多くなりました。反面 、青島市内へ日本人会も通じて良く行き、交流もして一体感を感じましたが最近は青島日本人会の催しも黄島区の皆様の参加が少なくなっており寂しさも感じます。こちらでは回数は少ないですが夏祭り、忘年会と2回位 の催しを企画して黄島区の皆様と楽しんでいます。ゴルフも99会や黄島区ソフトボ−ル同好会を発足させて楽しんだりしております。

現在進行中ですが「大橋」「地下トンネル」の公共工事が2011年には完成されるので青島市内と黄島区はより交流も盛んになって更なる一体感が深まればと期待しています。そんなこともあってトンネルを利用してのジャオ南地域への道路側は建物、土地もうなぎのぼりで投資家の皆様は元気付いているようです。庶民の方はますます入手が困難で給与要求も一段と高くなっています。労働者確保について以前は簡単でしたがここ数年はなかなか難しくなってきています。また開発区市内の老生産系企業は政府の都市計画もあり都心は商業、衛生都市は製造業などと移転などの話しも有ったりしています。

青島市内も都会化されて、車も多くなりましたが、黄島区の海岸はまだ海水浴場などは綺麗かなと感じで居ます。ゴルフ場も出来ております、ピクニックする山や歴史的な場所もあります。 休日は友人、ご家族で青島市内から一泊されてこちらで楽しまれるのもよいのではとお勧めします。では今回の寄稿はこれまでとします。皆様のご多幸をお祈りします。

<膠州>
 〜膠州市日系企業商工会発足の経緯〜
膠州市日系企業商工会は、2008年11月24日に発足総会を開いた若い組織です。会員企業は、膠州市内の日系企業約30社です。膠州市は、膠州湾の北部、青島市の北西部に位 置し、青島市城陽区・即墨市・平度市・膠南市・ホォ坊地区(高密市・諸城市)と隣接しています。青島市南区より膠州湾岸高速道路(膠州IC下車)経由で約1時間(70・)です。しかし、この近さでありながら、膠州市内ではスーパー等で買い物もしていても日本語を聞くことがほとんどありません。現在日本料理店はわずかに1軒「響 膠州支店」があるだけです。(膠州市日系企業商工会の三木初代会長は、会合のたびに「膠州市の日本料理店の灯を消すな」を言われていました。)

膠州市日系企業商工会が発足するまで 膠州市内の日系企業は青島日本人会に加盟する企業以外にどのくらいの企業が有り、また、何人の日本人が住んでいるのかもわからない状況でした。2008年7月、会発足のきっかけとなる出来事が起こりました。それは北京オリンピック開幕を直前にした真夏の限電(停電)です。7月末に停電通 知と前後する形で突然停電となり、各企業は対応に困惑しました。当初は、短時間の停電と思われましたが2日連続の停電さらなる停電の拡大が通 告されてきました。個々の企業では、停電(限電)の時間帯・全体像が分からず夜間生産での対応を含め生産にも苦慮する状況になってきました。そのような状況の中で、青島日本人会の理事をしていた青島萩原工業有限公司の三木武総経理が個人的に顔見知りであった膠州市内の日系企業数社に情報交換の場を呼びかけました。

7月30日15時に萩原工業の会議室に青島萩原工業・木村ニット・XAMAX.豊光精密機械・福井家具・獅子食品の6社が集まり(当日参加できなかった青島華蝶塑膠制品有限公司等の企業からも情報提供が有りました。)各社の状況(情報)を交換し、市政府に対する情報提供の要望書提出及び日系企業連絡会結成準備会の発足を確認致しました。膠州市には発電設備がないこともあり青島地区でも特別 厳しい限電(停電)が行われていました。個々の企業では、対応する供電極等関係部署に陳情・要請を行いましたが解決できないでいました。地区(企業)によっても限電(停電)状況が異なりましたが 企業によっては週5日の停電(全日 又は、こま切れ状態での連続停電)も行われました。JETRO青島事務所と連携を取りながら市政府に対する要望書を作成し、8月11日午前に膠州市政府へ陳情を行いました。8月11日午後には、JETRO青島事務所が弁護士等を帯同して膠州市で現地調査を実施しました。陳情の効果 ?もあり、8月11日午後〜12日に限電解除の連絡が各企業に入りました。(限電の解除はありましたが、その後供電局等より各企業に被害調査等が入りました。)その後、8月19日以降「日系企業連絡会」設立に向けた準備会の開催を重ね、会の名称・規約等の検討を行いました。

会の趣旨として、会費を徴収しない手弁当主義で膠州の日系企業の交流・情報交換を進めることになりました。また、市政府への日系企業会設置とその承認を求め日系企業会が市政府公認の組織として発足することの承認を得ました。関係部署より戴いた日系企業の名簿には60数社の記載が有りましたが、実際に確認してみると真実の日系企業は30社に至りませんでした。日本人駐在の有無にかかわらず、日本語を話せる総経理等を通 して各日系企業の本社に働きかけ「会」への参加承認を頂きました。11月25日 市政府経済合作局長等の来賓出席と16社28名参加のもと結成総会を開催し、初代会長に青島萩原工業の三木 武総経理を選出し「膠州市日系企業商工会」が発足致しました。当初の参加企業は、31社で膠州市にある日系企業(34社)の90%以上を結集することができました。

 

 

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11人目:塩谷 知己さん
青島住友商事 駐在歴1年4ヶ月

 

 

日系企業支援。公私共に、支援して戴いてます、ジェトロ青島事務所・荒木さんからの紹介で 小学生から野球を愛する者として、昨年2月5日の当地着任後、早速ソフトボール同好会に入会しました。この青島でも野球ができる幸せと多くの新しい友人ができることを夢見て。。この青島とソフトボール同好会になじみ始めたその頃、事件が起こりました。

ソフトボール同好会は青島生活の充実を旗印に、同好会としても毎月、各種イベントを開催しています。その1つ、夏ごろのバーベキュー大会を楽しみにしておりました。その大会間近のとある宴席にて、某氏より、ピッカリ(要は剥げている)しているの、多いなぁ、ん?ん??、そうです。複数人いたのです。あだ名がつきました。‘シャインズ゙’(歌手のシャネルズではありません)。なんとも有難くない団体名です。しかも私は最年少。青島生活が輝き始めた瞬間です。バーベキュー大会でもシャインズの団体写 真が白日の下に晒されたのは言うまでもありません。

さて、今年駐在2年目、ソフトボールも2年目となる私はキャプテンを仰せつかりました。年初にチーム名考慮するにあたり、ほうぼうより、シャインズはどうか?でも、入るのいややなぁ、との声が。その夜、私は枕を濡らしました。絶対、‘シャインズの名前はつけん’。つけた名前はBule Oceans。青島の海、をもじった、ま・さ・に爽快な名前です。輝く街に青い海。こんな青島が大好きです。青島を更なる愉快な街へ変貌させるシャインズいちの有名人に 12人目の「友」大芝先生(青島光輝工芸)に筆を譲ります。

仕事もプライベートも「光り輝く」男の風貌は、名前以上にモノを言います。

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新企画

 

Vol.1 ゴルフ同好会(日本人会公認)

同好会無くして青島ライフは語れない?!
公認サークルはじめ、各同好会の様子をお伝えします。

 

(1)最近行った活動・イベントは?
5月29日に49名もの参加者が集い、第87回日本人会ゴルフ同好会コンペを海陽GCにて開催しました。 リンクスコースならではの強い風、絡みつくラフ、また深いバンカーと苦しめられたゴルファーにとっては、「二度と来ない!」という気持ちに一度はなるものの、そこは逞しいゴルファー魂のもと、再度挑戦と果 敢に挑む方が多い、人気のゴルフ場でのプレイとなりました。

(2)今年度のゴルフ同好会の目標とは?
最低年間5回のゴルフコンペを開催し、会員の皆さんの技術向上はもとより親睦、交流を深めていきたいと思います。 特に今年は、女性ゴルファーの参加を広く呼び掛けており、第87会大会にも3名のご参加を頂きました。

(3)今後の活動予定について
7月、9月、11月にコンペを予定しております。 うち、2回はJUSCO様、シャングリラホテル様にご協賛を頂き冠杯となる予定です。

(4) ゴルフ同好会のアピールポイント
ゴルフを愛する人であれば、気軽に参加することのできる同好会です。マナー、ルールを優しく教えて頂ける先輩もたくさんおられ、またボールを探して走り回る若手の参加もあり、青島でも有数の紳士・淑女の集いの場となっています。御夫婦で参加される方もおられ、仲の良さを周囲にアピールする絶好の機会でもありますが、実態は気の抜けないご夫婦のバトルの場でもあるようです。最近はオープン参加ではありますが、中国の方もコンペに参加していただく機会が増えており、コンペ参加人数も益々増えてきております。お陰様で、ゴルフ同好会をご支援頂ける企業様より、賞品をご協賛として頂戴しており、自己研鑽と共にその商品をGETする楽しみもあります。ますます会員の皆様が切磋琢磨して技術向上に励みやすい環境が整いつつあります 貴方もゴルフ同好会に参加し、第二の石川遼、宮里藍になってみませんか?

(5)連絡先

江口会長:13953253307
宇都宮事務局長:15898873993

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新企画

 

〜山口県人会〜

チンタオで密かに数を増やしている、各県人会。
その活動と魅力について、青島で、最大規模(?)の県人会と自負している青島山口・北九州県人会に、Q&A形式にて聞きました。

 

 

Q:いつ頃どのような経緯で設立されたのですか?

A:2007年5月、記念すべき第1回の懇親会を26名にて開催しました。設立については、青島岡山県人会さんが先に立ち上がり、山口・北九州出身の方々より「青島山口・北九州県人会」を立ち上げようという声が多く上がったことから設立されました。

Q:どのくらいの頻度で活動されていますか?

A:第1回目の懇親会以降、会は不定期開催でしたが、第5回懇親会(2008年9月)以降は、基本的に3ヶ月毎(3月、6月、9月、12月)の開催としており、当該月の第2もしくは第3土曜日頃に開催しています。

Q:会の雰囲気は?

A:会は家族連れや夫婦での参加、また中国や韓国の方の参加もあり、アットホームかつ国際色豊かな雰囲気で開催しています。また、会社や業種の垣根を越え、様々な情報交換の場となっています。

Q:参加者は何名ぐらいですか?延べ人数は?

A:直近では2010年3月に第11回懇親会を開催しましたが、その時の参加人数は33名でした。現在会員名簿には90名前後のご登録をいただいております。また第1回から第11回懇親会の延べ参加人数は323名となっています。

Q:「北九州」はどこまでOKなの?

A:当初は「北九州市にゆかりのある方」ということで参加の募集を行っていましたが、いつの間にか「北部九州にゆかりのある方」さらに広く「九州にゆかりのある方」と拡大解釈されるようになりました。最近では「昔の恋人が北九州の人だった」、「山口県の隣の広島県出身」、「薩長同盟」などという参加の方もおられ、何かのこじつけで誰でも気軽に参加できる会となっています。

Q:今後の抱負は?

A:日本では同じ中国地方である青島岡山県人会の皆さんや中国地方出身の方などとコラボレーションし、「中国で、日本の中国地方合同県人会の開催」をしたいと密かに思っています。次回懇親会は、2010年6月19日(土)に開催予定ですので、参加ご希望の方は事務局までお気軽にお問い合わせ下さい。

事務局:山口銀行青島分行(担当:渡邉丈晴)TEL 0532-85766222 FAX 0532-85738833
E-mail ybkqd@qd-public.sd.cninfo.net

***「県人会だより」では、各県人会のご登場をお待ちしています!ご希望の方は、編集部gekkanqingdao@yahoo.co.jpまで。***

 

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新企画

 

〜旧青島日本総領事館跡〜

1915年から1945年の30年間、2度に亘って日本の統治下に置かれた青島では、43万とも5万ともいわれる日本人が住んでいた。かつて街のいたるところでは「中野町」「伊勢町」といった日本名の道路名が名づけられ、着物を着た日本人が往来を歩いていた。今でも約70年前と変わらず、街のあちらこちらには日本人がかつて住んでいたり、勤めていた、縁ある建物が残っているのをご存知だろうか。かつて青島で子供時代を過ごし、現在青島にお住まいの足立吉弘さんが、そんな“老房子”をご紹介します。

昔の日本総領事館跡は広西路14号にあります。 この建物は1901年、ドイツの徳華銀行青島支店として建築されものです。 日独戦争勝利後、青島は日本の軍政下におかれましたが、 1923年1月、行政権は中国政府に返還され、 1923年3月31日、青島日本総領事館が設置されました。 それ以後1945年の敗戦までここで日本領事館の業務は続けられました。 総領事館の敷地はかなり広く、東側の江蘇路との間に九水路があり、 そこに領事館警察署がありました。 昭和12年(1937年)7月、盧溝橋事件に端を発した支那事変が勃発し、 青島にも危険が迫った8月、時の総領事大鷹正次郎は、 青島在留邦人に対し総引揚げを勧告しました。 勧告を前に、大鷹総領事は青島市長沈鴻烈と会談し、

(1)青島市内に中国の軍隊は入れない。
(2)邦人が帰って来るまでその財産は保障する。

という約束を交わしました。 翌年1月、日本軍は再び青島を占領し、邦人も続々と帰ってきました。 私たち一家も半年振りに我が家に戻ってきましたが、家も財産も元のままでした。

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新企画

 

―その1―「アフリカを食い荒らす中国」

セルジュ・ミッシェル、ミッシェル・ブーレ 中平信也訳 河出書房新社  


 書名からは折からのギョーザ事件などを連想させ 中国がアフリカを食い物にしているような予見を与えるが、フランス人記者による原題は「中華アフリカ」と言った意味で、仮に中国で出版されるとしたら「中非(アフリカ)ウィン、ウィンの構築」とか「中国によるアフリカの開放」といったタイトルになるのではなかろうか。いずれにせよ書名のような毒々しい内容ではない。

CCTVの19時のニュースを観ていると、アフリカの元首が頻繁に北京詣でし、また、中国トップのアフリカ外遊も大変多い。日本では総理がアフリカ訪問と言うのは聞かないし、マスコミにも余り登場しないので興味をもって本書を読み、納得したような次第である。

いよいよワールドカップが始まる。第一線の相手カメルーンはどこにあるのか、それこそ白地図に国名を入れるクイズをして、53国もあるアフリカの「南ア」以外に正答が幾つあるだろうか。本書は14カ国を訪問し中国がアフリカで何を行っているかを取材し、これまで西側諸国がやってきたことと比べながら、中国の存在が増している状況を追っている。

西側諸国が、援助資金を出すに際し、民主主義、良き統治、人権の尊重と言った「人道主義」を説教するのに対し、中国は<ビジネス>優先で政治は「内政不干渉」となれば、受け入れ側の指導者ことに独裁者にはまことに都合が良い。今や、中国企業は900社以上進出し、50万人は住んでいるという。狙いは石油や貴金属に違いないが、国家的プロジェクトであるインフラ、エネルギー、通 信などの基幹産業をパッケージ(民工という作業員まで伴って)で持ち込む。

アフリカと言うと汚職、賄賂の横行が当たり前のように言われるが、「世界銀行が行うインフラ整備プロジェクトの国際入札で入札価格の引き下げと汚職防止を求めるようになったことから中国人の進出が大いに役立ったと言う。なぜなら、汚職がなくて価格だけの勝負なら、入札で勝つのは中国企業になる」。(逆に賄賂を加えても西側入札と同じになる!?)。

逝江省の義鳥にはメイド・イン・エジプトの工芸品が作られ、カイロでは奇瑞、吉利、中華の車が現地生産されている。指導者にとって安価な商品で国民をなだめたいが、自国市場を中国に乗っ取られたくない。これがアフリカ諸国の抱える共通 の問題だと指摘している。

最後に著者は中国が未開の地=アフリカの基礎工事を行い、グローバリゼーションの潮流に向けて押し出したと締めくくる。これから先、日本でメイド・イン・ケニアのシャツと中国のシャツが競合することになってくるのだろうか。アフリカ視察の旅に行きたくなったものである。

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心海暢広場オープン

 

 

ヨットハーバーのあるオリンピック記念公園の真ん中に5月オープンした心海広場。覗いてみると、まず入り口におしゃれな内装の鉄板焼き屋があって、2階、3階にある本格中華料理店もおいしそう。1階にある輸入化粧品店「COSMART」では日本や韓国のコスメをはじめ、ちょっと他では見かけないフランス、ドイツ、オーストラリアからのコスメがやグッズがあって、コスメ好きにはオススメ。地下階には子供向けのおもちゃ屋さんが入っていて、輸入玩具もちらほら。お店の数はまだまだ少ないけど、これからの季節にハーバーをのんびり歩きながらぶらっとするにいいロケーション。これからの店舗増加に期待したい。

開店時間:10am〜8pm(月〜木)、10am〜9pm(金〜日)

 

しんせん館、ジャスコにオープン

 

 

昨年5月下旬、上海を中心に中国全土で店舗展開している魚屋「しんせん館」がジャスコ(東部店)にオープン。「おいしくて新鮮な魚はどこで買えばいいの?」と待望していた在青日本人の魚食生活を豊かにしてくれそうだ。オープニングイベントでは、中国語と日本語によるまぐろ解体ショーを開催。「あんなに大きな魚があるよ!」「あれは何ていう魚??」と中国人も興味津々でショーを見学。試食後、マグロのお刺身を買い求める中国人客の姿も多かった。オープニングイベントに駆けつけた、しんせん館のまぐろ解体ショー名人こと石橋修代表取締役会長は「去年の青島でのジャパンフェアに参加した時に、中国のお客様が奪い合って買ってくれたことで開店を決意しました。」と意味込みを話した。

 

●電子レンジを探しています

中古の電子レンジを探しています。メーカーは問いません。チンできれば十分です。ご不要のレンジをお持ちの方はぜひお知らせください。(足立13206492650)

 

 

*青島情報あれこれは、みんなで作るページです。読者の皆様からの口コミ情報や質問への答えを募集しています。ジャンルはグルメ、売ります・買います、各種イベント、求人、耳寄情報など、何でもOK。あなたの伝えたい!知りたい!をどしどしお寄せ下さい。情報は編集部→gekkanqingdao@yahoo.co.jpまで。

情報には取材・寄稿者の主観が入っていますのでご了承ください。

 

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テーマ
〜初夏〜

 

「紫色の恋をして」

 

 

「新芽と夕空」

 

 

「浮山で新芽摘み」

 

 

「息吹(青島)」
作者: Nikon

 

 

「紅の主張」
作者: Nikon

 

 

「凛々しく(青島)」
作者: Nikon

 

 

「竹林に咲く(広州)」
作者: Nikon

 

 

 

次回7月号でのテーマは「新緑」です。皆さんからの投稿をお待ちしております!

写真サイズ:縦横最大600ピクセル


(投稿締切りは6月末です。)

投稿は、gekkanqingdao@yahoo.co.jpまで。

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LongWalk 011

 

 

 

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編集部後記:月刊青島初代編集長・藤江氏さよならインタビュー!

「月刊青島」は、日本人会・生活文化会が発行しているWEB会報誌です。
昨年の創刊からこれまで、初代月刊青島編集長として、
また、生活文化会のみならず日本人会のイベントでは欠かせない「名司会者」として活躍された
藤江耕一・前生活文化会会長に、2代目下地編集長がさよならインタビュー!  

下地さん:生活文化会会長、本当におつかれさまでした!
           最初の日本人会との関わりは?

藤江さん:そもそも青島に着任した5年前、その秋に「青島日本週」(いまの「青島JAPANDAY」の前段的イベント)で、襲名し立ての林家正蔵師匠と根岸の林家一門の方々を青島にお呼びしたことが、私が日本人会に深く関わりを持つキッカケでしたね。その後も日本人会から機会をいただき、シャンソンのライブ(北岡樹さんと仲間たち)等を開催して少なからず青島駐在の日本人方とその友人方に喜んでいただいたことが、「賑やかし」の私としては「青島の一員になれた」気がして嬉しかったですね。

その「賑やかし」が認められたのか?2008年度から生活文化会の不肖ながら会長を務めさせていただきました。生活文化会って、いわば“なんでも屋”みたいなところでしょ。昨年1月に総領事館が開館したことで、生活の安全や治安に関わる情報提供などの仕事は従動的になりましたが、新年会や運動会などのイベントをはじめ、お楽しみなところを受け持つ機能がより強くなったような気がします。勿論、この「お楽しみ」も総領事館と日本人会でいろいろな意味で連携して拡伸していってます。

みなさんとよく話しますが、日本では考えられない交誼、コラボレーションが青島では出来るんですね。北京、上海、という大都市、一方、日本人の少ない地方都市では、このような交流はかなり難しい。偉大なる製粉屋さんをはじめとした食品業界の皆さん、下着から帽子、エムブレムなど総揃えの繊維業界の皆さん、流浪の民の商社マンの皆さん、他にも様々な業界の皆さんと同じた卓台で飲んで話したり・・・。そういった縁あってこの青島で一緒に生活することになった日本人の皆様、そして青島人の仲間たちとともに、様々な文化・カルチャーに触れ合うチャンスを作りたい、皆の力仕事でそれを呼び込んで皆で享受したい、と常に思っていました。いろいろなイベントを通じての交流が「和の醸成」っていうのかな。みんなで明るくまとまっていき青島ライフをもっと活き活きと充実させるって楽しいじゃないですか。

下地さん:うんうん、たしかに。生活文化会はより在青日本人の“ソフト面 ”を担ってますよね。みんなが出会う場所になるイベントの開催とか。。。そういった意味でゲッチン(月刊青島)も始まったと思いますけど、1年編集長としてのご感想は?

藤江さん:そうですね、発刊して未だ1年も経ってないので、評価は難しいけれど、「アクセス件数がまだまだ少ない、そこを何とかしたい!」「ゲッチンは広告がない分、何か掘り下げたものを作っていかない」と思っています。日本人会ではこんな方たちが頑張ってますよとか、チンタオではこんな人たちがこんな生活をしています、とか、他方、最近その活動が緒に就いた「チンタオの歴史資料収集(アーカイブ化)」への協力とか、そういったことをいろいろな角度から紹介していくことが、ゲッチンの存在意義のひとつかな?なんて思いますね。もちろん、面白可笑しいネタはやりたいですが。。。

下地さん:いや、ほんと私も冒頭のごあいさつでも書きましたが、チンタオについての情報はほんとに少ない!日本で密かにゲッチンを読みながら“現地日本人会って何か楽しそうだなあ”と思いました。それにしても名司会はじめ日本人会イベントに欠かせない人物だった藤江さんがチンタオを去るのは残念なかぎりですが、この場を最大限に利用して皆にメッセージをお願いします!

藤江さん:4月の日本人会総会懇親会、5月の日本人会ゴルフコンペ、そして様々な会合あるいは個人ベースで皆様からこの上ない数の送別会を催していただき、この5年間を通じて育んだ皆様との厚誼にただただ感謝申し上げる次第です(涙涙)。それらの会合で幾度となくお話し別れを惜しみましたが、正直なところ、「またね!(=必須再見)」って感じですね。ここ青島でご一緒した日本人の皆様、青島人の皆様とはこれで「今生の別れ」とは思えない。どこかで必ず再会すると確信しています。ですが、青島を離れるにあたって、駐在日本人の全ての方々、また、市政府の皆様、空港で働いている皆様、などなど青島でお世話になった中国の方々にご挨拶・お礼がしっかりできなかったことが心残りです。

5年間暮らしてみて、東京生まれ・育ちの私にとっては、(年を経ってから来ましたが、)青島はいろいろな意味で「ふるさと」と感じてなりません。海に隣接した結構快適な自然環境、新しい都市と旧い街のコントラストと融合、同様に新しくもあり旧くもある青島の中国人の皆様、「秩序」がなさそうでありそうな微妙なバランスでの生活観、言葉にすると尽きませんが、兎に角、暮らしやすく惹きこまれる街ですね。中国のいろいろな処を訪れましたが、間違いなく青島がナンバーワン。それ故、青島にはいつまでも変わらないでいてほしいなあ。街のインフラは進んでも、この愛すべき「住民気質」は変わってほしくない、そう強く願ってやみません。

皆さん、本当にお世話になりました!そしてまた青島で逢いましょう!とりあえず暫時のお別れデスカイ!!

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