月刊青島--青島日本人会生活文化会発行
目次

グリーン放弾

副題:わたしはゴルフが大嫌いでした。


 
 

 1.極度の精神的苦痛(結局下手な人は上手い人からむしり取られる)
 2.極度の肉体的苦痛(谷や林を駆け回り全身疲労困憊)
 3.過剰な拘束時間(休日早朝から上司を迎えに帰宅すればもう夜)
ハラスメントのハの字もない1985年に新卒で東レ株式会社に入社した私は、多くの若手サラリーマン同様、本人の意思に関係なく参加を強いられる「ゴルフ」に強い反発を覚えました。

月日は流れ、2021年、7年間の海外勤務(香港・青島・珠海)と東京勤務を経て、石川県の関係会社に転籍していた私に本社から辞令が下りました。「復社と同時に再度東レ香港へ出向、但し勤務地は青島、現地に直行せよ」 かくして繊維営業の老兵は、東レ社員が行きたくない赴任地ワースト3(現在は戦線拡大しランクダウン)の一つである青島莱西市へ、二度目の赴任となったのでした。

着任約半年後2022年夏、同じ東レ出向者の端(はた)さん(東麗医療科技有限公司董事長・当時)から「M銀行のOさんとゴルフ行くけど一緒にどう?」と声を掛けてもらいました。
当日、「約束の時間を過ぎてもOさんが現れず全く連絡が取れない」 と端さんから電話があり、結局、単独で華山ゴルフ場に到着した端さんと私の二人で新コースをラウンド(Oさんは前夜の飲み過ぎにより自宅で意識喪失)。
夏の早朝、2サムなので11時過ぎにはホールアウト。青島ビール片手の昼食後、帰宅した後も、午後いっぱい自分の時間を持てることに気が付きました。
下手なゴルフでも良い気分転換になり(平日が辛すぎて)、休日を有効に過ごせた満足感、冒頭の三重苦から解放された、これが私にとっての「新たなゴルフとの出会い」の瞬間でした。

加齢で早起きが苦でなくなったので、以降「週末は早朝からゴルフ!」が定着、下手は下手なりのゴルフライフを楽しんでいたのですが、2024年後半から「青島日本人会ゴルフコンペ」に参加させていただいたところ、2025年の1回、2回戦で連続3位入賞、生涯初「ゴルフコンペのトロフィー」なるものをいただいてしまいました。

しかし、これで私は壊れてしまったのです。
「下手なんだから今の道具で十分」と自分に言い聞かせていたのに、この勘違いから気が緩み、一時帰国の度に、通販で次々ギアを購入するようになりました。自宅に細長~い段ボールが届いた時の家内の言葉は、「お父さ~ん、何か荷物着いてるよ~」 から、「え~、また買うたん?」、そしてついに、「も~、ええ加減にし~や」という怒号に変わっていったのでした。

さて壊れながらも「大嫌いだったゴルフ」が「大好き」になった今の心境は、

  1. 人生の後半で心身の健康に良いことをしているような気がする(週末は華山旧コースを歩きに歩く)。
  2. 人生の後半で知り合いが急増(2サム相手が体調不良でゴルフ場から組まされ友達になった韓国人駐在員なども含む)。
  3. 人生の後半で熱中できることができた(と息子に言われて初めて気がついた)。

肝心のスコアが大いに伸び悩んでいますが、1ラウンド1回あるかないかの「今日イチショット」の楽しみから、狙った場所(そもそもそこが正しいかどうかは?)に打てた時のエクスタシー(同じく1ラウンド1回あるかないか)を求め、雪中のカラーボールも打ちつつ、極寒の華山を彷徨い歩く、今日この頃です。

申し遅れましたが、今月の投稿は青島麗発針織有限公司の大林でした。最後までお読みいただきありがとうございます。次回は大晃機械(青島)有限公司の安池弘充さんにお願いいたします。

 



 

青島麗発針織有限公司(THK JIFA QINGDAO APPAREL Co., LTD.)大林浩


 

 
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